入社初日に「分からないことは何でも聞いて」と言われた新人が、手順書の場所を尋ねる。すると返ってくるのは「それくらい自分で考えて」。
こんな職場を想像してほしい。歓迎はされた。だが、仕事の始め方が分からない。入口の看板は「ようこそ」なのに、案内係が出口を指している。
若手が続かない理由を考えるなら、世代の性格を決めつける前に、こうした言葉と日常のずれを見たい。求人票の一文を変えるより、入社した翌日から何が起きるかを確かめるほうが、直す場所を見つけやすい。
「教えます」が、誰の仕事にもなっていない
たとえば、求人には研修ありと書いてある。ところが実際には、教える人も時間も決まっていない。忙しそうな先輩をつかまえて質問すると、先輩も自分の締め切りに追われている。
この場面で、新人の遠慮のなさや先輩の冷たさだけを責めても、時間は増えない。研修を用意したつもりで、誰かの善意に仕事を足していないかが問題になる。
英国のAcasは、新人の受け入れに役割説明・研修・振り返りを含めている。Acasの受け入れ計画
自分の職場で考えるなら、最初に任せる作業、質問先、その人が不在のときの連絡先を決める。教える側の仕事量も調整する。「面倒を見てね」の一言で、研修が完成したことにはならない。
もちろん、新人にも仕事を覚え、必要な確認をする役割がある。ただ、何をどこまで覚えればよいか分からないままでは、努力の向け先も決めにくい。
古いか新しいかより、実際に困ることを見る
長く働く人が多い会社でも、質問しやすく、手順が分かる職場はある。新しい会社でも、指示が食い違うことはある。創業年や経営者の年齢だけで、働きやすさは判断できない。
見るなら、具体的な場面だ。
- 二人の上司から別々の急ぎ仕事を頼まれたとき、誰が優先順位を決めるか
- 休暇の申請方法だけでなく、不在時の仕事をどう分担しているか
- 評価が低かったとき、改善する行動を具体的に説明してもらえるか
英国HSEの職場設計の整理には、仕事量・支援・人間関係・役割が含まれる。HSEの整理
この二つの英国資料は、仕事の組み立てを考える参考である。日本など別の地域の法制度を説明するものでも、特定の退職理由を証明するものでもない。
「うちは昔からこうだから」で終わらせると、今困っている場面が話題から消える。昔の苦労話に、今日の作業手順の代わりは務まらない。
給料を上げれば、何でも許されるわけではない
待遇や人員の余裕は大切だ。「雰囲気をよくしよう」だけで、仕事量と人数のつり合いが取れるわけではない。
一方で、賃金を上げたから怒鳴ってよい、危険な作業を続けてよい、という話にもならない。反対に、給与が高くないことを理由に、必要な教育や安全への配慮を省いてよいわけでもない。
報酬、仕事の負担、教える体制、日々の接し方は、分けて確かめる必要がある。どれか一つを良くして、残りを帳消しにするものではない。
本人に求める水準があるなら、その水準を伝え、練習や支援を用意し、できている点と直す点を具体的に話す。厳しい内容を伝えることと、相手を威圧することは別だ。
まず一つ、つまずく場所を直す
職場を一度に作り替えるのは難しくても、繰り返し困っている場面なら一つ選べる。
たとえば「質問先が毎回分からない」が続いている場合。担当者と代わりの連絡先を決め、対応する時間を確保し、本人にも周囲にも知らせる。その後、実際に質問できたか、担当者の負担が増えすぎていないかを確認する。
これは改善の進め方の一例であって、実施すれば必ず定着率が上がるという公式ではない。紙に担当者の名前を書くだけで終わらず、使えているかまで見るのが大事だ。
働く側も、安全に話せる状況なら「この二件は、どちらを先に進めればよいですか」「担当の方が不在のときは、どこに確認すればよいですか」と、困っている場面を具体的にできる。
ただし、不利益な扱いが心配なときまで、一人で上司と対決する必要はない。信頼できる相談先や利用できる窓口を選ぶ。困りごとを伝えるために、私生活や健康の事情を必要以上に明かす必要もない。
残るか辞めるかを、世代で説明し切らない
退職には、仕事内容、待遇、進路、家庭の事情など、さまざまな理由があり得る。一人が辞めたという事実だけで職場が悪いとは決められないし、皆が残っているから問題がないとも限らない。
退職者を責めず、話せる範囲で聞く。残っている人にも、同じつまずきがないかを確かめる。意見を出す機会を用意しても、私的な事情を聞き出したり、回答しない人を責めたりしない。
「最近の若者は」で話を閉じるより、「教える人が決まっていなかった」「優先順位が伝わっていなかった」と言えたほうが、次の手を考えられる。
若手歓迎を本当に働く毎日に結びつけるなら、立派な標語より、初日に質問した人へ返す一言から。入口の看板と、中の案内を同じ方向にそろえたい。
