仕事の指示は曖昧。後から「そういう意味じゃない」と言われる。そんな日はぐったりする。一方で、友人と話したり、好きな作品に夢中になったりする時間はちゃんと楽しい。
「人生全体なら75点。でも仕事は20点かもしれない」
これ、幸せなのか不幸なのか。実は、二つの点数は矛盾しない。問題なのは、20点の仕事が75点の生活まで食べてしまうことだ。
人生の点数と、仕事の点数は別
75点は「今の人生を自分ではこう感じる」という目安だ。試験の点数でも、日本人全員と比べた順位でもない。国ごとの幸福度の話を聞いても、その数字だけで目の前の一人を「不幸」とは決められない。
例えば、話せる相手がいる。一人でも楽しめる趣味がある。暮らしに多少の安心があり、自分で選べることもある。そうした良さと、職場のつらさは同時に存在する。
「仕事が嫌なら、人生ぜんぶ暗いはず」という考え方のほうが雑なのだ。財布に千円札とレシートが一緒に入っていても、レシートだけで残高は決まらない。
仕事だけが悪くても、放置していいわけじゃない
とはいえ、「人生は75点だから大丈夫」で片づけるのも違う。
平日の大半を使う場所で、指示がころころ変わり、仕事を増やされ、責任だけ押し戻される。そんな状態が続けば、睡眠も休日の楽しさも削られかねない。
だから問題の名前を正確にする。「自分はダメだ」ではなく「この職場の、このやり方がつらい」。そのほうが手を打つ場所が見える。
たとえば、仕事を引き受けるときは優先順位を確かめる。自分が決めていないことまで、全部自分の責任にしない。変えられない環境なら、距離の取り方や次の選択肢を考える。苦痛や体調不良が強いなら、休息や相談を後回しにしない。
75点を100点にするより、20点が広がるのを防ぐ
生活にすでにある楽しみや安心を、全部「改善の課題」に変える必要はない。休みの日まで勉強、制作、反省会で埋めたら、せっかく逃げ出した職場が家までついてくる。
散歩する。好きな漫画を読む。誰かと笑う。何も生み出さずに休む。こういう時間は、結果が出なくても役目を果たしている。
人生全体をやり直す必要があるのか、それとも一つのつらい場所を変えるべきなのか。この二つを分けられるだけで、選び方はかなり変わる。
「75点なのに仕事がつらい」は、わがままでも計算ミスでもない。75点の生活を守るために、20点の場所をどう扱うか。それが本当の問題だ。
