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共感できるはずのアニメに、なぜ入り込めない? 「分かる」と「刺さる」の違い

友人に「このアニメ、絶対に泣くから」と勧められたとする。

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友人に「このアニメ、絶対に泣くから」と勧められたとする。

登場人物は、人に話しかけたいのに言葉が出てこない。気持ちは分かる。なのにこちらの頭では、もう相談窓口が開いている。

「まず、いきなり長く話そうとしなくてもいいのでは?」

主人公はまだ廊下で迷っているのに、視聴者の方は対策会議を始めてしまう。これでは同じ場所に立っているようで、見ている方向が少し違う。

これは特定の作品の場面ではなく、見る側とのすれ違いを考えるための架空の例だ。

感情を丁寧に描くアニメでも、いつも自分の話として受け取れるとは限らない。それは、冷たい人間の証明でも、人間関係の悩みを卒業した証明でもない。

気持ちが分かることと、自分を重ねること

作品との関わり方を、いったん三つに分けてみたい。

  • 登場人物がなぜそうするのか、理解する
  • 自分にも似たことがあったと、重ねて見る
  • その場面や物語を、面白いと感じる

三つが一緒に来ることもあるが、必ずセットではない。

「その人が怒る理由は分かる。でも自分なら別のことが気になる」という見方もできる。自分とは全然似ていない人物の活躍に、夢中になることもある。

逆に、似ているからこそ見ていて疲れる場合もあるかもしれない。どれか一つの反応から、共感力や成長度を採点することはできない。

涙が出たかどうかだけで作品との距離を測ると、見えていた面白さまで取りこぼしてしまう。

「答えを出す」と「迷いを追う」は、別の楽しみ

冒頭の架空の場面に戻ろう。

視聴者が「短く声をかければよさそう」と考えるのは、自然な読み方の一つだ。ただ、その案が物語の中で本当に使えるかは、まだ分からない。相手との過去や、その場の事情を、こちらが全部知っているとは限らないからだ。

さらに、作品が描きたいのは最短の解決手順だけではないかもしれない。

声をかけようとして、やめる。いったん目を合わせて、そらす。帰ってから、言えたかもしれない一言を思い出す。

そこを追う時間自体に面白さがある作品なら、視聴者が解決を急ぐほど、テンポが合わなくなることもある。

早送りでゴールだけ知る楽しみもあれば、曲がり角で何に迷ったかを見る楽しみもある。どちらが偉いという話ではなく、今その作品に求めているものが違う、ということだ。

以前の経験は、答え合わせの鍵とは限らない

似た経験があると、「その感じは分かる」と近づける場合がある。一方で、「自分のときは違った」と距離を感じることも考えられる。

そこから「入り込めないのは、もう克服したから」と一つに決めなくていい。

今は別の題材を見たいのかもしれない。台詞の調子が好みに合わないのかもしれない。忙しい日にゆっくりした展開を見る余裕がなかった、という程度のこともある。

これは原因を診断するリストではない。感想を話すとき、「自分はもう先へ進んでいる」以外にも説明の仕方がある、という話だ。

一つの作品に泣かなかっただけで、人間関係の修了証が発行されるわけではない。

『氷の城壁』も、見る人の試験ではない

『氷の城壁』の小雪は、他人との間に距離を置く人物として紹介されている。Netflixの作品紹介

こうした設定に自分を重ねる読者もいれば、人物同士の違いや、会話の運びを楽しむ読者もいるだろう。

「この作品が好きなら、まだ人間関係の問題を抱えているはず」と、現実の人を読み解く材料にはしない方がいい。何が好きなのかは、その人に聞かなければ分からない。

「どの場面がよかった?」と聞いてみたら、自分が重く受け取った場面の、小さな冗談を気に入っていた。そんな食い違いがあってもいい。同じ感情にならなくても、作品の話はできる。

入り方を変えても、途中で離れてもいい

自分を重ねる見方がしっくりこなければ、少し違うところに注目してみる方法がある。

言い切る前の間。返事を待つ顔。画面の中で、二人がどれくらい離れているか。音楽が止まる瞬間。

特定の作品に必ずその工夫がある、という意味ではない。実際の画面や音を見て、自分が気になったものを拾ってみる。

頭の中の相談員には少し休憩してもらい、「この人に何をさせたいか」より「今、何が描かれているか」を見る。解決案が浮かぶこと自体を禁止する必要はないが、少し置いておくと別の楽しみが見つかるかもしれない。

それでも合わなければ、無理に見続けなくていい。感動を宿題にしてしまうと、娯楽なのに提出期限が気になってくる。

「分かるけれど、今の自分には刺さらなかった」。その感想のままで十分だ。

見る側にも作品にも、毎回、自分の人生を証明してもらう必要はない。次にどんな話を見たいか。その軽い問いに戻ってみてもいいと思う。

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