市役所で手続きを聞くと、職員が「うんうん」。病院でも「へー」。店では「大丈夫でーす」。
こちらはずっと「そうなんですね」「ありがとうございます」なのに、なぜか相手のほうが先に打ち解けている。
敬語のボタン、こっちだけ押しっぱなしなんだが?
でも、この三つは全部同じ「タメ口」ではない。ひとまとめにすると、ちょっと面白いことを見落とす。
「うんうん」は、説明をタメ口にしたわけではない
「こちらに書いてください」「うんうん、そうです」「最後に番号札を取ってください」
説明は丁寧なのに、途中の相づちだけ急に友達になる。こんな会話は成立する。
「うん」「へー」は、まず相手の話を聞いていると知らせる短い返事。文章全部がくだけたわけではない。もちろん、相手や場面によってはなれなれしく聞こえるが、「うん」が出た=見下されたとは決められない。
実際、初対面の高齢女性同士の会話を調べた研究では、話す側と聞く側で丁寧さの使い方に違いがあり、聞き手が返事の口調を変える様子が観察されている。窓口職員を調べた研究ではないので、「店員はみんな親しさを示したい」とまでは言えない。それでも、相づちと説明文を分けて考える手掛かりにはなる。
「ここ書いてね」は、説明そのものが近づいている
では「この欄にご記入ください」ではなく「ここ書いてね」なら?
こちらは返事ではなく、説明そのものがくだけている。
職員が年上だからか。こちらが話しやすそうだったのか。忙しくなくて余裕があったのか。理由はいくつも考えられるけれど、その一言だけで答えは出ない。
親切なつもりの言葉が、別の人には子ども扱いに聞こえることもある。「距離が近い」と「敬意がない」は、似ているようで別問題だ。
そして「この課の私じゃ分からんのよね(笑)」は、正直に担当外だと伝えた点はよくても、そこで案内が終われば困る。
口調は近所のおばちゃん、手続きは迷子。 それでは意味がない。
「大丈夫でーす」は、そもそも敬語が残っている
「大丈夫でーす」は、最後にちゃんと「です」が付いている。
伸びているのは声。文の形までタメ口になったとは限らない。
同じ「大丈夫です」でも、きっぱり言えば事務的、笑顔で伸ばせば柔らかく聞こえる。日本語の丁寧さは語尾だけでなく、言い方からも感じ取られる。
つまり今回の三人、全員が一斉に敬語を捨てたわけではなかった。
タメ口三連発だと思ったら、内訳が「相づち・くだけた説明・柔らかい敬語」だった。
失礼かどうかは、語尾より対応を見たい
窓口で本当に大事なのは、言葉の柔らかさだけではない。
質問を最後まで聞いたか。分からないときに適当に答えず、次にどこへ聞けばよいか案内したか。間違いを指摘されても態度が変わらなかったか。
「うんうん」と言っていても丁寧に助けてくれる人はいる。完璧な敬語でも、質問を切り上げてしまう人はいる。
逆に、ためらいなく見下したり、何度も嫌な呼び方を続けたりするなら、それは別。気になるなら「もう少し丁寧に説明していただけますか」と頼んで構わない。
こちらまで急にタメ口へ切り替える義務もない。相手が「うんうん」、こちらが「そうなんですね」でも、会話は普通に進む。
結局、なぜ急にフランクになったのか
その日の職員の気分なのか、話しやすさなのか、年齢差なのか。そこは観察だけでは分からない。 「親しみの表れ」と決めつけるのも、「なめられた」と決めつけるのも早い。
分かったのは、敬語には一つの電源スイッチしかないわけではない、ということ。
言葉は丁寧、相づちは友達、声は親戚。
窓口の会話、いつの間に三人で担当を分けた?
