mendoi-apps

花火を3発見て帰った。「せっかく来たのに」って、これ失敗?

花火が上がっている。気になって、会場のほうまで歩く。

読書機能の使い方

聴く:本文を読み上げます。速読:語句を順に表示し、速さを調整できます。語学練習:別の言語版と対訳を読み比べます。保存:このブラウザーにブックマークし、プレイヤーの保存済み一覧から開けます。

この記事をシェア
広告
広告

花火が上がっている。気になって、会場のほうまで歩く。

ドーン。きれい。もう一発、ドーン。

数発見たところで、ふと思った。

「あ、もう満足した。帰ろ」

屋台も寄らない。最後の大連発も見ない。花火大会なのに、ほぼ試食コーナーである。

でも、これって本当にもったいないのだろうか。

花火大会に「最後まで見る義務」はない

答えは、何を楽しみに来たかで変わる。

音楽に合わせた演出や最後の連発を楽しみたかったなら、早く帰って惜しくなるかもしれない。一方、「近くでどれくらい大きく見えるんだろう?」と確かめに来たなら、数発で目的を達成している。

観賞時間が短いからといって、体験の価値までゼロにはならない。夜の街を歩き、会場の雰囲気を見て、大きな一発を自分の目で確かめた。見た時間以外にも、ちゃんと何かが残っている。

もちろん、単に飽きて帰る日もある。そんな日まで「深い学びがあった!」と飾る必要はない。飽きたなら飽きたで帰っていい。

「ここまで来たんだから」が一番あやしい

帰ろうとしたとき、頭に浮かぶ言葉がある。

「せっかくここまで来たんだから、あと1時間ぐらい……」

しかし、歩いてきた時間はもう戻らない。心理学でいう「埋没費用効果」は、使ってしまった時間やお金のせいで、その後も続けたくなる傾向のことだ。1985年の研究でも、過去の出費が継続する判断を左右する例が報告されている。

では、すぐ帰るのが正解か。それも違う。「この先の30分に、まだ見たいものがある?」と考えればいい。

フィナーレが見たいなら残る。もう満足したなら帰る。「来るために30分歩いたから、現地でも30分消費しなければ」という謎の精算ルールはない。

一人だから、満足した瞬間に帰れる

友達と来ていたら、相手が見たい花火や食べたいものも大事だ。一緒に来た以上、帰る時刻は相談して決める。

でも一人なら、自分の「もう十分」がそのまま帰る理由になる。

好きなときに来て、好きなだけ見て、帰る。これも一人で出かける自由の一つ。余暇の研究でも、自分で選べる感覚が体験の楽しさに関係することが示されている。ただし、一人で短く帰るほうが誰でも幸せという意味ではない。

無理に長居する必要がないだけ。気が変わって最後まで見るのも自由だ。

行く前に決めることは、たった二つ

「大きな花火を一発見たい」など、何を見たら満足かを一つ決めておく。それができたら、残るか帰るか考え直す。

もう一つは安全な帰り道。暗い道、交通規制、公共交通機関の最終便を先に確かめる。花火が見えるからと私有地へ入ったり、関係のない店の駐車場を使ったりはしない。

何か買うことも、写真を大量に撮ることも、外出の合格条件ではない。

花火大会は、完走しなくてもいい

大きな音を聞いた。会場まで歩いた。何発か見た。満足した。帰った。

花火大会をRTAでクリアしたみたいだが、それでいい。

ただし、途中で帰って後悔したなら、次は最後の連発まで見よう。それも今回の体験から分かったこと。

「せっかく来た」より「この先、まだ楽しみたい?」で決める。花火にも、途中退出ボタンがあっていい。

参考資料

この記事が役に立ったら、応援できます。 応援する

広告
広告
広告