「今日めっちゃ疲れた」
「お疲れさま。大変だったね」
ちゃんと返した。ところが後日、なぜかこう言われる。
「全然返してくれないじゃん」
待って。今の返事、配達事故だった? 既読も送信履歴もある。メッセージは消えていない。
ここでずれているのは、返事の数より「会話をどこまで広げてほしいか」かもしれない。
返事をする人と、会話を進める人
「疲れた」に「大変だったね」と返すのは、ちゃんとした返事だ。でも、そこから「何があった?」「そういえば昨日の件は?」と続けるのは別の仕事である。
一人が近況を送る。もう一人が質問する、話題を探す、前の話を覚えて拾う。これが続くと、会話は二人でしているのに、進行役だけ固定される。
進行役がたまに「今日は返事だけにしよう」と思うと、会話が止まる。それを相手が「返してくれない」と呼べば、双方の認識はかみ合わない。
もちろん、短い返事ばかりで寂しくなる人もいる。どちらが正しいかより、何を「やり取りしてくれた」と数えているかが違う。
「興味が少ない」が「興味ゼロ」に化ける
以前着けていたピアスを覚えていて、「それ、前も着けてたね」と声をかける。初めて聞く事情には「へえ、そうなんだ」と返す。
ところが「全然興味なさそう」と言われる。
いや、覚えていたから気づいたのだ。興味ゼロの人には、そもそも前回のピアスの記録がない。
相手はもっと質問してほしかったのかもしれない。反応が小さく見えて不安だったのかもしれない。ただ、その不満と「興味がない」という断定は別だ。
反対に、何でも「返してるから十分」と言い切るのも乱暴だ。会話を広げてほしいという希望自体は、悪いものではない。
問題は質問の量より、担当が固定されること
「もっと質問してほしい」なら、そう言えばいい。聞いた側も「毎回こっちだけが話題を出すのは疲れる」と言っていい。
そして、ときどき確かめたい。新しい話題は双方から来るか。相手の話を覚えているか。反応が小さいとき、いきなり「全然好きじゃない」と採点していないか。
短文同士でも、会話が気持ちよく続く二人はいる。長文を送り合っていても、一人だけが司会をしている二人もいる。
「返信してない」のではなく、「会話を全部進行してくれない」だった。 その違いに気づくだけで、責め合いを一つ減らせる。
二人のトーク画面なのに、司会者の勤務表だけ一人分。まずはそこを話し合いたい。
