一回の会議が、全国代表になっていないか
会議で何も決まらず、疲れて席に戻る。「会議なんて全部、時間の無駄だ」と投稿したくなる。ここでは、そんな架空の場面を考えたい。
今日の会議への不満は分かる。ただ、一回の会議を、あらゆる会議の代表に任命したところで話が飛んでいる。
Xなどに短く書くこと自体が悪いのではない。長文なら正しいわけでもない。点検したいのは、面白い言い方の勢いで、確かめていない範囲まで結論を広げていないかだ。
事実と感想は、同じ段落でも分けて見る
架空例の「今日は結論が出なかった」は、その場で確認する事実。「疲れた」は感想。「誰も仕事をしていない」は、別の推測だ。「だから会議をなくそう」は提案になる。
結論が出なかったことだけでは、情報共有も学習も何もなかった、とまでは言えない。逆に、自分が時間を無駄にしたと感じたことまで消す必要はない。
まず「どの会議について、どの点が問題だったのか」と範囲を狭める。回数や時間を調べていないのに、「大半」「毎回」と数字の代わりになる言葉を置かない。相手の動機も、分からないなら分からないままにする。
AIには、足りない橋を探してもらう
自分で作った、機密を含まない架空の投稿案なら、次のように点検を頼める。
「この主張の前提、一般化が広すぎる箇所、考えられる反例、成立する条件、足りない根拠を挙げてください。反例が実在すると断定せず、出典や調査結果を作らないでください。言いたい問題意識は残してください」
紙で同じ問いを並べてもよい。実際の私信や、個人を特定できる社内の出来事をそのまま入力する必要はない。
返答も、正しさのお墨付きではない。「反例がありそう」という指摘は、反例を確認した証拠ではない。事実として採用するなら元の資料に当たり、自分で確かめる。AIの文章が自分の主張より立派でも、根拠が増えたとは限らない。
「場合による」で終わらず、場合を書く
「会議にも意味がある場合があります」だけだと、無難だが次に何を見ればよいか分からない。
架空例なら、「目的や必要な参加者が曖昧なら、招集前にそこを確認したい」と書ける。決定する会議なのか、共有や学習をする場なのかで、確かめることも変わる。
反例は、元の主張に関係するものを考える。「今日の会議に別の目的があり、それが達成されていたら、どう評価を変えるか」と、自分の結論が変わる条件も置いてみる。
ただし、何でも両論併記にすればよいわけではない。確認済みの事実や重大な不適切行為、安全の問題を、根拠のない別解釈で薄めない。公平そうに見せることと、根拠に忠実なことは別だ。
尖らせるなら、人より問題を
「会議は全部無駄」の代わりに、架空の投稿案をこう直してみる。
「予定表は埋まった。会議の目的欄は空いたまま。招待を増やす前に、何を確かめたい場なのか、誰が必要なのかを書きたい」
これは、すべての会議の効果を証明した文章ではない。曖昧な目的のまま集まることへの疑問と、自分の提案だ。
比喩やツッコミを残すなら、人を無能と決めつけるより、目的の空欄と予定表の満員というずれに向ける。見出しだけ「全部無駄」と言い切って、本文の奥で例外を付け足す方法でも、飛躍は解消しない。見出しも本文と同じ範囲で言う。
投稿前に、結論の広さをもう一度見る
最後に、経験した範囲より結論が広くなっていないか、事実の根拠を確認したか、仮説や架空例だと分かるか、個人情報が残っていないかを確かめる。見出しと本文の一致、読者が次に確認できることも見る。
短い投稿で足りるなら、無理に長い記事へ広げなくてよい。公開せず、問いとして残す選択もある。
AIは点検相手にはできるが、真偽の保証人にはならない。最後に残したいのは、何も言わない無難な文章ではなく、どこまで言えるかが見える主張だ。
一回の残念な会議には、一回分の不満を。全国大会の代表権まで渡すのは、もう少し調べてからでいい。
