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平安の恋文は「短歌スパム」? 返歌をマッチ成立に変換しないで

恋の歌を送ったら、返事が来た。頭の中で紙吹雪が舞い、「マッチ成立!」の文字が光る。

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返信が来た。まだ中身は読んでいない

恋の歌を送ったら、返事が来た。頭の中で紙吹雪が舞い、「マッチ成立!」の文字が光る。

ところが、まだ返事の中身を読んでいない。

これは現代のサービスにたとえた架空の場面だ。平安の恋愛をアプリに置き換えると分かりやすい気がする。でも、通知が来たことだけ喜んで本文を飛ばすなら、せっかくの和歌が着信ランプになってしまう。

「短歌スパム」は、歴史の制度名ではない

噂で相手を知り、言葉を送り、返事を待つ。その流れに、今のメッセージのやり取りを重ねることはできる。

ただし、そこから「同じ歌を大量送信して、返ってきた相手と順に会った」と話を増やすのは別のことだ。スパムという呼び方には、一斉送信や迷惑な押しつけのイメージまで付いてくる。その部分まで史実になったわけではない。

たとえ話は入口として借りる。平安の貴族社会を丸ごと一つのマッチングサービスに登録する必要はない。

返事の有無より、何と返されたか

もう一つ、架空の会話を作ってみる。

「一晩かけて、あなたを思う歌を書きました」

「それより、昨日の質問に答えてもらえますか」

どちらも古典の引用ではない。ここで面白いのは、書いた人が自分の力作に感動している間に、受け取った人は別の話をしていることだ。

これを「返信あり」の一項目に縮めると、会話の肝が全部落ちる。美しい言葉かどうかに加えて、何に答え、何には答えていないのか。そのずれを読むほうが、成立件数を数えるより面白い。

『源氏物語』には、返歌を作る別の人もいる

「末摘花」巻には、侍従という女房が返歌を代作する場面がある。与謝野晶子訳の該当巻

この一例を知るだけでも、「返ってきた歌=相手の気持ちがそのまま届いた」という読み方は、いったん立ち止まれる。

誰が考えた言葉なのか。誰のものとして相手に届くのか。本人はどう描かれているのか。歌の前後には、そうした問いを読むための文章もある。

もちろん、すべての返歌が代作だったという話ではない。物語の具体的な場面を、平安人共通の返信機能にしないでおこう。

物語と、時代全体の説明を分ける

研究でも、『源氏物語』の贈答歌と、当時の歌集や日記にある歌が比較されている。科研費の研究課題

作品の一場面を読んで、そのまま全員の恋愛手順にしてよいわけではない。登場人物の願望、周囲の思惑、語り方を分けて見る余地がある。

「歌を送る、返事が来る、会う、結婚する」と矢印を並べると、図はきれいになる。しかし、ためらいや食い違いまで矢印で押し流したら、そこにいる人たちは困る。物語の面白さも、ずいぶん減ってしまう。

マッチの効果音を止めて、返歌を読む

歌が届いたこと、返事が来たこと、会いたいと思われていること。この三つは同じではない。返事がないことも、こちらから押し続けてよい許可にはならない。

古典を読むときは、誰に向けた歌か、何に答えた歌か、誰の言葉なのかを確かめてみる。

和歌を「雅な飾り」として眺めるだけでも、「昔の営業メール」として片づけるだけでも、間のやり取りを取り逃がす。

頭の中の紙吹雪はいったん止めよう。今届いたのは、成功通知ではなく、読まなければ分からない一通だ。


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