月30時間台半ばの残業は、主体性不足の証拠ではない
ある部署で、月30時間台半ばの残業が慢性化している。
人が足りない。特定の人だけが仕事のやり方を知っている。相談しにくい。判断が遅い。定時後にも調整がある。複数人が欠勤・休職している。
そこで出てきた分析が、次だったとする。
「足りないのは当事者意識である」
この結論は、原因と結果を逆にしている。
社員はすでに、主体性によって不足を埋めている。
- 自分の担当外も拾う
- 残業して期限へ合わせる
- 判断者の代わりに調整する
- 教育がない部分を自分で調べる
- 人が抜けた穴を埋める
- 曖昧な要求を自分で翻訳する
残業は、主体性がないから発生しているとは限らない。
主体性へ依存しすぎた結果が、残業として表面化している。
仕事で求められることと、それを支えるものを分けて見る
仕事で求められ、力を使うことと、仕事を進めるために支えになるものを分けて考える見方がある。[6][7]
仕事上の要求
- 業務量
- 時間圧力
- 感情的負荷
- 対人衝突
- 不明確な役割
- 仕事と生活の干渉
仕事を進めるための支え
- 裁量
- 上司支援
- 明確な役割
- 仕事ぶりへの指摘や助言
- 学習機会
- 十分な人員
- 公平な評価
- 意思決定への参加
要求が高く、仕事を支えるものが少ないと、消耗が進む。
仕事を支えるものが増えると、仕事に前向きに関わる気持ちが高まりやすい。
重要なのは、仕事に前向きに関わる気持ちが「もっとやる気を出せ」という精神論から直接生まれるのではないことだ。
仕事に前向きに関わる気持ちは、仕事を進めるための支えがある仕事で生まれる。
仕事で疲れ切り、気持ちが離れたり自分の仕事の力に自信を失ったりする状態は、要求が過大で仕事を進めるための支えが足りない仕事で生まれる。
米国の働く人の安全と健康を調べる公的機関も、重い仕事量、長時間労働、低い裁量、意思決定への参加不足、 会社の中で必要なことを伝え合えていないこと、支援不足、不明確または矛盾する役割を、職場で感じる心身の負担の主要な条件として挙げ、個人の対処訓練より、まず仕事条件を変える会社全体で行う改善を優先すべきだとしている。[8][9]
「当事者意識」は、権限とセットでなければならない
当事者意識を求めてよいのは、少なくとも次がある場合である。
- 担当範囲が明確
- 判断権限がある
- 必要な情報を得られる
- 人員と時間がある
- 優先順位を変えられる
- 不要業務を止められる
- 結果に応じた評価と報酬がある
反対に、次の状態で主体性だけを求めると、搾取になる。
- 権限は上司が持つ
- 判断は上司が遅らせる
- 期限は部下が守る
- 問題が起きたら部下の責任
- うまくいけば管理職の成果
- 仕事を断れば意識不足
- 残業すれば「頑張っている」で終了
自分で考えて動く力は、無料でいくらでも使い続けられるものではない。
「安く稼働させたい」と聞こえる理由
会社が次のすべてを拒むとする。
- 人員増
- 業務削減
- 賃上げ
- 権限移譲
- 納期調整
- 管理者の意思決定
そのうえで「もっと主体性を引き出す」と言う。
現場からは、次のようにしか聞こえない。
今の人数と賃金は変えない。
もっと自発的に仕事を拾い、残業し、感情も処理してほしい。
これは誤解ではない。
会社が何を変えず、誰に何を追加要求しているかを見れば、かなり正確な翻訳である。
