「これ、誰の担当だっけ?」
会議で誰も手を挙げない。沈黙が長いので、一人が「最初だけ確認しておきます」と言う。
数か月後。その人のところに、なぜか同じ種類の相談が全部届く。
最初だけって言ったよね?
何でも引き受ける人が疲れるのは、頼まれた仕事の量だけが原因ではない。一度助けたことが、いつの間にか正式な担当のように扱われるからだ。
仕事を拾うと「担当者」が生まれてしまう
部署と部署の間には、担当が決まっていない仕事がある。急ぎの問い合わせ、古い手順の修正、誰も作らなかった説明資料。
放置すれば困る。だから仕事ができる人ほど、まず自分で動く。
その場は解決する。ありがたい。問題は次からだ。
「前もやってくれたから、今回もお願い」
「詳しいのはあの人だから、聞いてみて」
こうして一度の手助けが、いつの間にか担当業務になる。異動の辞令も出ていないのに、担当だけ増えていく。
会社には頼れる人ができる。一方、その人の予定表には見えない仕事が増える。
責任は増えるのに、決める権限が増えない
仕事を引き受けること自体が悪いわけではない。新しい仕事を経験できるし、助けた相手から信頼されることもある。
困るのは、次のような状態だ。
- 納期には責任を持つのに、優先順位を決められない。
- 他部署から頼まれるのに、相手の作業は動かせない。
- 新しい仕事が増えても、もとの仕事は一つも減らない。
これは「能力がある人へのご褒美」が仕事のおかわり無制限になった状態だ。
国際労働機関(ILO)も2026年の報告書で、仕事の量だけでなく、役割の明確さや裁量が働く人の健康に関係する職場の条件だと整理している。何でも引き受ける人の根性だけで片付ける問題ではない。
「助ける」と「ずっと担当する」を分ける
では、困っている仕事を全部断ればいいのか。それでは本当に必要な連携まで止まる。
大事なのは、今ここで助けることと、次回からの担当を引き受けることを分けることだ。
たとえば、こんな言い方なら仕事を止めずに境界を作れる。
「今回は私が原因を調べます。次から誰が担当するかは決めておきませんか」
「これを先にやるなら、今の仕事のどれを後ろにしますか」
「作り方はまとめます。その後の運用は担当部署でお願いできますか」
仕事の受け渡し先、期限、誰が最後に決めるか。そこまで決まって初めて、善意が仕組みになる。
もちろん、緊急の安全対応など、今すぐ動かなければならない場面は別だ。まず助けて、担当の整理は落ち着いてからでもいい。
肩書きより「仕事を増やしたとき何が減るか」を見る
係長になっても、部署によっては担当範囲が明確で、無理なく働ける。反対に、役職がなくても何でも屋になる人はいる。
だから問題は肩書きそのものではない。
新しい仕事が一つ増えたとき、誰が優先順位を決め、何を減らしてくれるのか。そこが決まっている職場なら、仕事を拾う力は強みになる。
決まっていない職場では、親切な人ほど全部背負いかねない。
落とし物を一つ拾っただけのはずが、気づけば社内落とし物センターの所長。
しかも所長の辞令は出ていない。鍵も予算もない。届くのは落とし物だけである。
参考
- 国際労働機関(ILO)『The psychosocial working environment: Global developments and pathways for action』(2026年4月22日)。役割の明確さ、仕事量、裁量などを職場環境の重要な条件として整理。https://www.ilo.org/publications/psychosocial-working-environment-global-developments-and-pathways-action
