柱穴に、防音性能を聞いてみる
遺跡を見た現代人が、賃貸の内見と同じ調子で質問する。「隣の声、どれくらい聞こえます?」
足元には、かつて柱が立っていた跡。前の住人によるレビューは付いていない。
これは架空の内見だが、昔の家を想像するときの私たちも、少し似ている。「壁がよく分からない。個室も見えない。さては全部筒抜けだったな」。まだ間取りを読む途中なのに、騒音トラブルまで入居させてしまう。
「平安庶民の家」を一種類にしない
かながわ考古学財団は、奈良・平安時代の竪穴住居と掘立柱建物を紹介している。住居の展示解説
家の話をする前に、まずどこの、いつの、何のための建物なのかを確かめたい。ある地域の建物を見て、日本中の庶民が同じ規格で暮らしたことにはできない。
「平安時代の家」という検索ワードは便利でも、全国共通の住宅カタログではない。名前が似ている建物でも、同じ暮らし方だったかは、改めて考える必要がある。
同じ遺跡の紹介でも、同じ時代とは限らない
松田遺跡の報告は、古墳時代の竪穴建物と奈良末・平安初頭の掘立柱建物を分けている。京都府の調査報告
ここで年代を読み飛ばすと、別の時代の建物が、頭の中では仲良く隣り合って建ち始める。資料には書いていない町内会を、こちらが勝手に作ってしまうわけだ。
建物の用途も同じで、跡があるからすべて庶民の自宅とは限らない。説明に付いた場所、年代、用途のラベルは、写真の邪魔な小文字ではなく、想像を地面につないでおくための手掛かりだ。
残っていない壁を、「もともとない壁」にしない
建物跡から、柱の位置や空間の取り方を考えることはできる。しかし、その図に壁の姿がはっきり出ていないことと、当時も壁がなかったことは別だ。
さらに、「壁が薄かった」「話し声が隣まで聞こえた」「だから誰の恋愛も知られていた」とつなぐなら、途中の一段ずつに根拠が要る。
柱穴はマイクではない。建物の形を考える手掛かりに、その家の夜の会話まで録音させないほうがいい。これは発掘が役に立たないという意味ではなく、答えてもらう質問を選ぶということだ。
プライバシーは、壁だけの仕事だろうか
今の暮らしを使って、もう一つ架空の場面を考えてみる。同じ部屋で誰かが電話を始めたので、もう一人が少し席を外す。
この二人の間には、新しい壁は建っていない。それでも、行動によって距離を作ろうとしている。
もちろん、これをそのまま平安の生活習慣に移すことはできない。「昔もみんな見ないふりをしていた」と結論づけるための例ではない。建物の性能だけが私的な時間のすべてなのか、と自分の前提を点検するための例だ。
逆に、人の配慮さえあれば当時も安心だった、と埋め合わせる必要もない。分からない部分は、都合のいい日常で埋めないでおく。
内見の前に、三つの確認
昔の住まいを見るときは、どこの何時代の資料か、どんな建物と考えられているか、何が直接確かめられたのかを見てみる。
そこまで読んでから、暮らしを想像する。「ここに柱がある」と「ここなら話が丸聞こえだ」の間に、どれくらい自分の想像が入ったかも分かりやすくなる。
「プライバシー未実装」というネタは、現代人の要求仕様がずいぶん細かいことに向けるなら面白い。ただし、昔の人全員の暮らしを欠陥住宅扱いする根拠にはならない。
柱穴に騒音レビューは残っていない。だからこそ、答えてくれることと、まだ聞けないことを分けて見たい。遺跡は、こちらの早合点まで発掘してくれる。
