呼びかけは無反応、ごはんには参加
動物園でカピバラに声をかける。じっとしている。もう一度見ても、だいたい同じ姿勢。ところが、ごはんが出てくると、のそのそ近づいていく。
「さっきの声、聞こえてたよね?」
そう言いたくなる場面だ。人間なら、仕事の話には返事をしないのに、お菓子の袋を開けた瞬間だけ振り向く同僚に見える。
ただ、そのツッコミには一つ飛ばしたところがある。ごはんへ近づいたことは見えた。でも、さっきの声が聞こえていたか、合図として分かったかは、まだ分からない。
こちらは至急の依頼を出したつもり。そもそもカピバラは、その案件の担当者ではない。
「聞こえる」「分かる」「動く」は別の話
声をかけてから動くまでには、いくつか違う話が入っている。
まず、その音に気づいたか。次に、何かの合図として覚えていたか。そして、その場で動いたか。
最後の「動かなかった」だけを見ても、途中の答えまでは埋まらない。気づいていなかった、知らない合図だった、休んでいた、別のものに気を取られていた。考えられることはあっても、この一場面で理由を選ぶことはできない。
「わざと無視した」は、その候補の中でもずいぶん人間側の物語だ。スマホの既読表示すら出ていないのに、既読スルーとして話を進めている。
仲間と話すことと、来園者の指示は別
カピバラが静かに座っているからといって、何もやり取りしない動物というわけではない。
サンディエゴ動物園は、仲間との連絡に複数の声を使い、警戒の声も出すと説明している。
ただし、それを知っても「なら、人間の言葉も分かるはず」とはならない。仲間とのやり取りと、初めて会った来園者からの呼びかけは違う。
人間だって、知らない人に知らない合図を出されれば、何を求められたのか分からないことがある。このたとえはカピバラの頭の中を説明するものではないが、こちらの期待が勝手に増えていないかを考える助けにはなる。
声をかけた側だけで「伝達済み」にしない。それだけでも、見え方は変わる。
ごはんで動いても、さっきの答えにはならない
ごはんの場面では、声以外も変わっているかもしれない。容器が見えた、飼育員が近づいた、音や匂いがした、いつもの時間になった。どれに反応したかは、ただ近づいた姿だけでは決められない。
サンディエゴ動物園の飼育紹介には、食べ物をごほうびに、カピバラが体重計に乗ることを覚えた例がある。
これは、飼育の中で覚えた行動の具体例だ。目の前の個体も同じ合図を知っているとか、どの来園者の言葉にも応じるとかいう話ではない。
「ごはんには動いた」は観察。「だから前の声も聞いていた」は、その先に足した推測。二つを一緒にしないでおこう。
面白さは、こっちだけ急いでいる温度差
この場面の面白さは、カピバラの本音を当てなくても残る。
人間は、呼んだらすぐ振り向いてほしい。カピバラは動かない。こちらだけが返事を待ち、勝手に締め切りまで設定している。
そこへ「議題は確認しました。参加は見送ります」と字幕をつけたくなる。もちろん、これは見ている側の創作だ。実際にそう考えたという説明ではない。
「頭が悪いから動けない」と決める必要も、「賢いから人間を相手にしない」と持ち上げる必要もない。どちらも、見えない理由をこちらで完成させてしまう。
むしろ、何を考えているか分からない相手に、人間だけが会議の空気を持ち込んでいる。そのずれがおかしい。
反応を引き出すより、見えたことを楽しむ
次に見るときは、「今、何をしたか」と「自分がどう解釈したか」を少し分けてみる。
立ち上がった。顔を向けた。飼育員が近づいたあとに歩いた。ここまでは、その場で見えたこととして話せる。「面倒くさがっていた」「私をなめていた」は、そこに足した解釈だ。
答えを確かめようと大声を出したり、柵をたたいたり、勝手に食べ物を差し出したりする必要はない。施設の案内に従い、相手が動かない時間も含めて眺めればいい。
呼んでも動かなかった。ごはんでは動いた。それ以上は分からない。でも、その二場面だけで、こちらにはもう十分面白い。
カピバラの心の字幕を急いで確定しなくても、カピバラはちゃんとカピバラをしている。
