怖いゲームを遊んで「うわ、これ面白い」と思う。その場で、何が怖いのかを分解する。同じ景色が続くから警戒する。少しの変化を探すから集中する。間違えると最初に戻るから緊張する。
分析はそこで終了。毎晩そのゲームを思い出して会議を開いているわけではない。
なのに後日、別の作業中にふっと気づく。「あ、この仕組み、記事サイトでも使えるじゃん」。
頭の中の企画部、勤務表にない時間に出勤している。
遊び終わった瞬間に「部品」になっている
この発想のポイントは、ゲームの画像や登場人物を丸ごと持ってくることではない。面白さが生まれる条件を抜き出すことだ。
たとえば「同じページを何度も見る」「小さな異変を見抜く」「連続正解で脱出する」。舞台が地下通路から記事サイトに変わっても、この組み合わせで別の体験を作れるかもしれない。
これは単なるコピーとは違う。表面ではなく、仕組みを借りて新しい問題に使う考え方に近い。心理学には、別の場面で似た関係を見つけて知識を移す類推の研究がある。Gentnerの論考やChenの実験研究は、物事の関係や元の例との共通点が、別の問題への応用に関わることを示している。
後からひらめく=ずっと考え続けていた、ではない
ここは大事だ。思いつきが少し遅れて現れたからといって、頭の中で何度も反芻していたと決めつける必要はない。
最初の体験で「どういう仕組みか」がつかめていたなら、後から必要なのは、その仕組みを使える別の場所に出会うことかもしれない。「記事サイトって、同じ見た目のページを何度も出せるな」と気づいた瞬間、別々だったものがつながる。
もちろん、一つの体験談だけで本人の脳内処理を測ったことにはならない。研究が説明するのは、こうした結びつきが起こりうる仕組みだ。
領収書の違和感も、同じ「目的から分解する」癖
ゲームの転用だけではない。経費の証拠になる紙を考えるときも、「正式そうか」より先に「何を証明するための紙か」を考えられる。
商品名、数量、単価まであるレシートを、合計だけの領収書に替える場面。形式は立派になったのに、購入内容の確認は難しくなった。目的に照らしてみたら、手段が目的を裏切っていたわけだ。
「みんなやっている」から一歩離れ、「何を達成したいの?」と問い直す。すると、ありふれた習慣も別の角度から見える。
ひらめきと、正しいアイデアは別
発想が素早いことと、実際にうまくいくことは分けよう。ゲームの仕組みを記事に移しても、読者が楽しいとは限らない。領収書にも宛名や社内規程の事情がある。思いついたら小さく試して、反応を見て修正するところまでが実用の力になる。
AIがあると、試作品を作るまでが短くなる。だから「前からこう考えるのは得意だったけど、最近は目に見える成果になってきた」という解釈もあり得る。これは能力が急に上がったという実測ではなく、道具で発想が形になりやすくなったという仮説だ。
発想が移動中に浮かんでも、運転中のスマホ操作や入力はしない。安全に停車してから記録すれば十分だ。
そしてまた企画部だけが元気
一度遊ぶ。面白さを分解する。別の場面で部品がはまる。AIで試す。
本人「俺、最近ちょっと頭いい気がする(笑)」
頭の中の企画部「新規案件を発見しました!」
実装担当「さっき別の新規案件、受け取ったばかりですけど?」
頭の柔らかさを確認していたら、また仕事が一個増えた。
