「AIの記事をもっと読みやすくして」。そう頼まれて、細かなルールを50個追加した。
次に届いた原稿は、誤字なし、見出しの数も正しい。ところが全段落が「なお、一般的には」で始まる。間違ってはいない。でも、読者は3段落目で帰りそうだ。
ルールを守った文章が、面白い文章とは限らない。 では、何を決まりにして、何を自由に残せばいいのか。
機械に任せたいのは、数えれば分かる間違い
例えば、記事の見出しが二重になっていないか。リンクが壊れていないか。タイトルと本文で数字が食い違っていないか。見出しが空っぽではないか。
こういうチェックは、プログラムが繰り返し行うのに向いている。TypeScriptを使うなら、記事を読み込み、決まった条件に合っているか検査し、問題のある場所を知らせる仕組みを作れる。
ただし、TypeScriptが「この比喩、笑えるね」と感想を持つわけではない。検査する仕組みを動かすのと、文章の良し悪しを理解するのは別の仕事だ。
「全部3段落で」は、記事の面白さまで消す
例えば、料理の失敗談と、スマホのエラーの直し方を考えてみよう。
料理の話なら、最初に鍋を焦がした場面を見せた方が面白いかもしれない。エラーの話なら、表示された文言と対処法を先に見たい。
それなのに「必ず背景→概要→結論の順」「どの記事も見出しは5個」と決めたらどうなるか。違う料理を、全部同じ弁当箱に詰めることになる。
文章の形を固定するより、「タイトルで約束した疑問に答えているか」「読者が一度で分かるか」を確認する方が大切だ。Googleも、検索結果のタイトルはページの内容を具体的に伝えるものにするよう案内している。[1]
同じ文章を、違う二つの目で読む
直したい原稿があったら、まず機械で確認できる間違いを拾う。その次に、意味を読まないと分からないところを見る。
たとえば、こんな導入がある。
本稿では、情報伝達の効率化という観点から、日常の衣服乾燥現象を多角的に検討する。
誤字もない。文としても成立している。でも、知りたいのが「洗濯物はなぜ乾くの?」なら、遠回りすぎる。
濡れたTシャツを干した。気温は25℃なのに乾いている。水は100℃で沸騰するんじゃなかったっけ?
こちらなら、読者が疑問をつかめる。直すべきだったのは句読点ではなく、話の入り口だった。
意味を読む役には人間の編集者やAIを使える。ただしAIの判定も外れる。変な比喩を「不要」と切ったり、もっともらしい嘘を見逃したりすることがある。大事な数字と事実は、必ず元の資料で確かめたい。
直すのは「失敗した場所」だけでいい
タイトルが長いだけならタイトルを直す。話が脱線したならその部分を切る。出典が古いなら事実を確認して更新する。
毎回「全文を最初から書き直せ」と命じると、せっかく面白かった場面まで消える。これは床のシミを落とすために、家を建て直すようなものだ。
OpenAIのモデル改善ガイドも、出力を試し、結果を測り、その結果に合わせて改善する流れを説明している。[2] 必要なのは、ルールを無限に足すことではなく、「何が読みにくかったか」を次の原稿にも生かすことだ。
読みやすさの合格点は、ルールの数では決まらない
見出しを先に眺めて必要な部分を探す読者もいる。Webページを読む人の視線についての研究は、分かりやすい見出しが情報を探す助けになることを示している。[3]
だから、仕上げの確認は単純でいい。「誰が何を知れる記事か、冒頭で分かる?」「最後まで同じ疑問に答えている?」「削ると困る事実は残っている?」。
ルールは文章を同じ顔にするためではなく、同じ事故を繰り返さないために使う。
誤字ゼロの文章もいい。けれど読者がいなくなったら、校正担当だけが拍手している。そんな編集部にはしたくない。
参考資料
- [1] Google 検索セントラル「検索結果のタイトルリンク」 https://developers.google.com/search/docs/appearance/title-link?hl=ja
- [2] OpenAI「Model optimization」 https://developers.openai.com/api/docs/guides/model-optimization
- [3] Nielsen Norman Group「The Layer-Cake Pattern of Scanning Content on the Web」 https://www.nngroup.com/articles/layer-cake-pattern-scanning/
