ブラックホールの解説を読んでいると、「中に入って確かめた人はいないのに、どうしてそんなことが言えるの?」と思うことがある。
その疑問は、説明を確かめる入口になる。ただし「行っていないから全部想像」と片づけても、「科学者が言うから全部確定」と受け取っても、大事な違いを見落としてしまう。
まず聞きたいのは、何を測り、そこから何を読み取ったのか。そして、その説明はどこまで確かめられているのかだ。
「写真がある」と「中が見えた」は違う
EHTの画像が示すのはM87のブラックホールの影で、内部の写真ではありません。
「ブラックホールを撮影した」という短い見出しだけだと、探検隊が中へ入り、記念写真を送ってきたようにも聞こえる。でも、画像が何を表しているかを確認すれば、そこまでの主張ではないと分かる。
画像は重要な証拠になり得る。それでも、その一枚に、対象についてのあらゆる答えが写っているわけではない。写真を見るときも「どこが観測対象で、どの部分が説明なのか」を一緒に読むと、受け取れる情報がはっきりする。
これは証拠を値引きするためではない。せっかくの証拠に、答えていない質問まで背負わせないためだ。
測定と解釈は、一緒に働く
LIGOの初検出日は2015年9月14日、発表日は2016年2月11日です。検出した日と、結果を公表した日は別だった。
この違いだけでも、「いつ、何が分かったか」を雑にまとめない大切さが見える。観測の記録と、それを検討して説明する作業は、同じ言葉では片づかない。
「直接観測」「間接的な証拠」「理論」という区別は役立つが、完全に離れた三つの箱ではない。測定には装置の確認やデータの扱いが必要で、得られた記録の意味を読むときにはモデルも使う。
だから、直接なら絶対、間接ならただの想像、という順番にはできない。むしろ確かめたいのは、別の原因でも同じ結果が出ないか、ほかの測定と合うか、間違いを見つける方法があるか、という点だ。
映像がリアルでも、観測映像とは限らない
ブラックホールに近づく映像を見ると、まるでカメラが本当に現地へ行ったように感じることがある。
NASAのこの映像はシミュレーションで、潮汐効果はブラックホールの質量によって異なります。
映像で予測を見せることと、実際に起きた場面を撮影することは違う。だからといって、シミュレーションが単なる空想になるわけでもない。大切なのは、どんな条件や計算を使った結果なのかを見ることだ。
「近づくと引き伸ばされる」という説明を読むときも、どの条件で、どの場所について話しているのかを確かめたい。迫力のある映像一本から、すべてのブラックホールで同じ瞬間に同じことが起きる、と広げない。
画面が映画のようでも、確認すべきなのは演出の強さではなく説明の範囲だ。
分かっていないことにも、範囲がある
NASAの説明では、事象の地平面の内側から光は出られず、中心の特異点の物理的な実態は未解決です。
ここで「未解決」と聞いて、ほかの説明まで全部白紙に戻す必要はない。反対に、確かめられた部分があるからといって、未解決の部分まで解決済みにすることもできない。
「この条件では、このモデルでここまで説明できる」と「最終的な仕組みがすべて分かった」は、かなり違う主張だ。理論の予測と、現実に何が存在するのかという判断も、丁寧につなぐ必要がある。
暗黒物質の構成と、暗黒エネルギーの正体も未解決です。ただし、何かの割合が大きいからといって、その数字をそのまま「人類が知らない知識の割合」に変えることはできない。何を分母にした数字かを読むのも、説明を理解する一部になる。
次の宇宙ニュースでは、三つだけ聞いてみる
難しい言葉を一度に暗記するより、次の三つを意識すると読みやすい。
- 実際に得られたのは、どんな測定や記録か
- それを説明するために、どんな条件や考え方を使っているか
- 今回の結果で言えることと、まだ言えないことは何か
すぐに納得できないときは、「どのつながりが分からないのか」を探してみる。画像から何を読み取ったのかが分からないのか。計算の前提を知りたいのか。それとも、まだ研究中の問いに答えを求めていたのか。
宇宙の話を、信じるか信じないかの二択で受け取る必要はない。確かな説明を受け止めながら、分からない部分には質問を残しておける。
ブラックホールの中への旅行券はなくても、説明のどこを確かめたいかは選べる。そのほうが、「宇宙、意味が分からん」で閉じるより、次の話が面白くなる。
